86 エイティシックス 第5話「私も一緒に」今更気が付いた件

21年春アニメの中でも異色の哲学系アニメ。

第五話その2。公式ストーリーを読んで今更気が付いた大事な言葉について書きました。
分かるようにちゃんと表現してくれないと困るんですよね(八つ当たり)
因みに。公式ストーリーはこちらから。
https://anime-86.com/story/?id=05


過去記事はこちらから。

シンの台詞。
壁の中で何をしていようと、こちらに影響はありません
これ。実はとても大事な言葉です。
これを聞いてレーナは
余計な事でしたか
と言います。
役立たず、と言われたと思ったんでしょうね。きっと。
でも実はそうじゃないんですよね。
アドラー心理学で言うならば課題の分離」です。

レーナが私的な時間を楽しもうが楽しまなかろうが、別に壁の外では何も変わらない。
だから楽しんで良いんですよ、と。

ちょっと例が極端ですが、例えば。
昔懐かしの謎理論。食べ物を残した時のやつ。

世界にはご飯も食べられずに飢えて死んでいる人がいる

意味が分からない理屈です。
自分がご飯を残そうが残すまいが、
世界の餓死者は一人も減らない
そこに因果関係は無いんです。無駄に罪悪感に訴えて、自分の思う様にしようとしている姿が見えるのがタチが悪い。

つまり、レーナが私的な時間を楽しもうが楽しまなかろうが、
86の死者は一人も減らない
(これは言い過ぎですが)そこに因果関係はない。
だから、私的な時間を楽しむ事に罪悪感を覚える必要は、ない。
もしこれが不謹慎だと言うならば、
世界中の人々が幸福でないならば、誰一人幸福になってはいけない
という理屈になります。
そういう考え方もありだとは思いますが、それは生き難いよね、と感じます。
自分は「自分が不幸だから他人に不幸になれ」とは中々に思えないな。
うらやましいとは思うけど。

もうちょっと概念的に言うならば。
他人の課題に余計に首を突っ込むな
という事です。
他人の課題を自分の課題だと誤認して(させて)も、良い事にはならないです。
課題の共有ならOKですが。


そしてもう一つ。
オレのようになりますよ
これ。結構有名ですが。
フリードリヒ・ニーチェ(1844年~1900年)の著作『善悪の彼岸』
怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。
深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。
これ。これです。
私たちの日常生活でもそうです。
マルクス・ガブリエルは「何故世界は存在しないのか?」の中で言います。
我々は世界の全てを語れない
と。
人間は主観でしか生きられません。なので「自分が見ている世界が全てだ」と誤認するんです。そして皆そうだと誤認するんです。
そして人間は言葉で出来ている(言葉が無いものは認識出来ない)んです。
これ、嘘だと思いますか?
ストロースはソシュールから言語を学び、そして構造に辿りつきます。
例えば構造主義の鉄板ネタ。
フランス語では、蛾と蝶の差が無いんです。両方とも「パピヨン」。
だから、フランス語圏の人は、蝶と蛾に差異が無いんです。
でも、日本語圏の人は蝶と蛾は違いますよね?
「同じじゃん」って言われたら、「全然違うよ」と思いますよね。
ピンと来ませんか?
ではもう一例。
この写真、何が写っているでしょうか?
日本語で言うと、兎。
では英語で言うと、どうでしょうか?
RabbitとHare
なんです。
どっちも一緒の兎じゃん、と思うでしょ?
英語圏の人には、全然違うんです。日本語圏から見たパピヨンと一緒です。
つまり「 モノがあるから名前がある」のではなく「名前があるからモノがある」んですよ。人間って。じつは。

 つまり
戦争ばかり見ていると、戦争しか出来ないようになってしまう
と。怪物になってしまいますよ。オレのように。と。

昔、支援者自体が取り込まれちゃって加害者になるケースが結構あるよ的な記事を読んだ事があって、探したんだけど見つからなくて。

平たく言うと「共依存」ってやつです。共依存自体はとても根深い問題ですし、十分な知識も無いので感覚的になってしまいますが。

ただ、日本人は文化的に共依存になりやすい構造だと言われているので、とても注意が必要です。

違う言葉にするなら、蛸壺社会とか空気とか同調圧力とか。

ベネディクトは「菊と刀」の中で「恥と応分の場」の文化、と表現しました。

だから、課題を分離して、戦争しかない世界じゃなくて、ちゃんと他の事もある世界で、って気を使ったんだと思います。

それがレーナだから言ったのかは不明ですが。
ただ、今までのハンドラーには言わなくても良かったんだろうな、と思います。

因みにこれも個を見よという一言に尽きます。
私とあなたは異なる人間ですよ
と。

そしてそれは
終わりではなく、始まりの言葉
なんですよね。

私とあなたは違う人間です。そこから始めましょう。

つまりココでの会話は、そういう内容なんです。



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