86 エイティシックス 第9話「さよなら」Good bye 追記
書こうかどうか迷いましたが、スピアヘッド隊にならって書いておこうかと思いました。
ただ結構センシティブな話なので、お気をつけて。内容的には「曖昧な喪失」です。
心が乱れたのなら、座禅する事をオススメします。いや冗談ではなくマジで。
ただ結構センシティブな話なので、お気をつけて。内容的には「曖昧な喪失」です。
心が乱れたのなら、座禅する事をオススメします。いや冗談ではなくマジで。
過去記事はこちらから。
さて置いて。
3.11の時に注目された話なので、知っている人は多いかと思いますが、一応リンク張っておきますね。詳しくはリンク先を読んで下さい。 そしてもっと知りたい方は、色々と調べたり考えたりしてみて下さい。自分はそれほど詳しくはないので。
https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/322/
言葉の通り、喪失が曖昧なんです。
因みに曖昧な喪失には2つあって「さよならのない別れ」と「別れのないさよなら」があります。
今回のレーナとスピアヘッド隊は「さよならのない別れ」の状態にあります。
「あれでもさよなら言ったよね?」と思うかもしれませんが、実はお互いどっちもこの先の生死は判別出来ない状態にあるんですよね。
だから「曖昧な喪失」になります。
明確な喪失と曖昧な喪失、何が違うかと言うと「死が明確かどうか」という点です。
いわゆる、死別は明確なんです。死体が目の前にあるから。絶望を受け入れるプロセスが早くまわる。
しかしながら、曖昧な喪失の場合、中途半端に目の前に希望があるんですよね。 もしかしたら生きているのかもしれない、とか。だから、中々に回復しない。
この言葉を知らずとも(体験的になのか分かりませんが)これを回避するような話は耳にします。
例えば「死んだと思え」という言葉。
これで曖昧な喪失は回避できます。
ただこれ、未来に禍根を残す可能性があります。それは「本当は生きていた」場合。
人間は合理化する生き物です。なので、現実が認知と異なる場合、認知の方を変えます。だって現実を変えるより認知を変える方が楽だから。
なので、次は「死んだと思え」と言った人を恨むようになります。
他にも色々な事例はありますが、結構身近にもあるのではないでしょうか?そうでもないかな?ちょっと考えてみて下さい。
誰かを恨みながら生きていくのって、しんどくないですか? だから、未来に禍根を残します。
そもそも論、喪失しない事の方が良いんです。精神的には。
だけど、喪失してしまった。
その場合、曖昧な喪失と明確な喪失なら、明確な喪失の方がまだマシ、なのです。
喪失って意外と深いテーマです。
そして絶対に忘れてはいけないのは
一人じゃ喪失は出来ないのです。
そして相手に「曖昧な喪失」を経験させない為に「明確な喪失」にする。つまり「自殺する」という事が現代日本で起こっている、という事。
繰り返しますが、そもそも論として「喪失しない事」の方が良いんです。
それを知ってか知らずか「曖昧な喪失状態を作りだしている」事を多くの日本人は当たり前だと受け入れている。
何故ならば
語る命が薄っぺらいというのは、それだけ平和だと言う事だと思うので、良い事なのだと思います。
ほら結構センシティブな内容でしょ。
曖昧な喪失
って、知っていますか?3.11の時に注目された話なので、知っている人は多いかと思いますが、一応リンク張っておきますね。詳しくはリンク先を読んで下さい。 そしてもっと知りたい方は、色々と調べたり考えたりしてみて下さい。自分はそれほど詳しくはないので。
https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/322/
言葉の通り、喪失が曖昧なんです。
因みに曖昧な喪失には2つあって「さよならのない別れ」と「別れのないさよなら」があります。
今回のレーナとスピアヘッド隊は「さよならのない別れ」の状態にあります。
「あれでもさよなら言ったよね?」と思うかもしれませんが、実はお互いどっちもこの先の生死は判別出来ない状態にあるんですよね。
だから「曖昧な喪失」になります。
明確な喪失と曖昧な喪失、何が違うかと言うと「死が明確かどうか」という点です。
いわゆる、死別は明確なんです。死体が目の前にあるから。絶望を受け入れるプロセスが早くまわる。
しかしながら、曖昧な喪失の場合、中途半端に目の前に希望があるんですよね。 もしかしたら生きているのかもしれない、とか。だから、中々に回復しない。
この言葉を知らずとも(体験的になのか分かりませんが)これを回避するような話は耳にします。
例えば「死んだと思え」という言葉。
これで曖昧な喪失は回避できます。
ただこれ、未来に禍根を残す可能性があります。それは「本当は生きていた」場合。
人間は合理化する生き物です。なので、現実が認知と異なる場合、認知の方を変えます。だって現実を変えるより認知を変える方が楽だから。
なので、次は「死んだと思え」と言った人を恨むようになります。
他にも色々な事例はありますが、結構身近にもあるのではないでしょうか?そうでもないかな?ちょっと考えてみて下さい。
誰かを恨みながら生きていくのって、しんどくないですか? だから、未来に禍根を残します。
そもそも論、喪失しない事の方が良いんです。精神的には。
だけど、喪失してしまった。
その場合、曖昧な喪失と明確な喪失なら、明確な喪失の方がまだマシ、なのです。
喪失って意外と深いテーマです。
そして絶対に忘れてはいけないのは
喪失とは、必ず相手がいる
という事。一人じゃ喪失は出来ないのです。
そして相手に「曖昧な喪失」を経験させない為に「明確な喪失」にする。つまり「自殺する」という事が現代日本で起こっている、という事。
繰り返しますが、そもそも論として「喪失しない事」の方が良いんです。
それを知ってか知らずか「曖昧な喪失状態を作りだしている」事を多くの日本人は当たり前だと受け入れている。
何故ならば
日本には、人権なんて無いから
だから少なくとも現代では
日本人の語る命は薄っぺらい
んですよね。語る命が薄っぺらいというのは、それだけ平和だと言う事だと思うので、良い事なのだと思います。
ほら結構センシティブな内容でしょ。
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